1時間の音楽プログラムでジャンルを分け隔て無く楽しんで頂けるのが嬉しい。それが、こばとからのお願いです。癒しのひとときお届けします。
耳鳴りの症状が悪化することがベートーヴェンに自殺を考えさせて、遺書を書く事になったのですけれども音楽家としてやっていくための先行きの不安感がいらいら病の原因だったと、わたしは推察しています。ベートーヴェンの難聴の苦悩は後年の事のような印象がありますけれども『ハイリゲンシュタットの遺書』を書いたのは1802年の事です。宮廷音楽家に成る事を夢としていたベートーヴェンの時代は、音楽は市民階級の楽しみへと“市場”が移行していました。
肖像画書かれた1802年、32,33歳のベートーヴェンが作曲したのが『交響曲第2番』。ノリントン指揮でNHK交響楽団が定期演奏会に選んだ意図は、音楽の市場が不安定な中で自分の先行きの不安も吹きやるような颯爽とした交響曲。東日本関東大震災から後を引く不安感への“頑張れ”のエールではないのでしょうか。
ベートーヴェンの交響曲第2番には、それまでの音楽愛好家にも受け入れられる仕様の中に革新の芽を幾らでも投じています。ベートーヴェンの新しい時代は《交響曲第2番》からスタートしたと言っても良いのではないかしら。この交響曲を耳鳴りに悩みながらも書いた事は重要だったと思います。クラシック音楽の楽器は《交響曲第3番》を書く頃から次第に様式が変化していきます。新しい管楽器、打楽器を管弦楽法に活かしていく作曲家が居る一方で、ベートーヴェンは耳が聞こえていた時代に記憶した楽器たちのために多くの音楽を残しました。革新的試みを止めなかったベートーヴェンは記憶に残る楽器の響きを大切に活かす工夫を止めなかったと言えるのではないかな。ピアノ協奏曲第5番《皇帝》は心に響く音楽。第2楽章は癒しの音楽として、これ以上に磨かれた音楽は指折るほどしか他にはありません。
- 第1699回NHK交響楽団定期公演 -
「バレエ音楽“プロメテウスの創造物”序曲」 ベートーベン作曲